『貢献セミナー』
それは夜が明けたばかりの朝6時。

都内のとあるカフェ店にて貸切状態で朝早くから講習が始まった。

『おはようございます!』

そこでは30人近い人達が、参加者がほぼ20代で構成された若者達が集い、スーツ姿でセミナーが開催された。

講師だけは立派は大人だ。
何やらとても福にまみれている。明らかに、見た目も雰囲気からして徳のある風格を兼ね備えていた。
ある意味、確信犯的なその質を人々に分け与えるべくして生まれた。まさにそのような人物だった。

講師から、豊かで徳のある有難い講義が終わった。

講師『じゃあこれから1人づつ、今週あったグッド&ニュー(良い出来事&新しい気付き)など、他人に貢献出来た事を発表してもらいます。』

(なんとっ!)
私は焦った。

講師『じゃあここの列から始めます。』
そうして1人ずつ発表が始まった。

(ドキドキ)

男性『はいっ!じゃあ私から今週のグッド&ニュー、発表致します。』

男性『私がよく行く面白い居酒屋で、大好きな店長と話をする機会がありました。いつもの様に楽しく会話してると、その店長が何か雑誌やブログ、メディアにて当店の事をもっともっと人に知ってもらいたい、広めたいと。何かそういう媒体は無いもんかねぇ。と』

男性『それを聞いてから、普段の日常生活を送っていると偶々、雑誌の編集をやっている方に出会いました。稀でしたが、その人も居酒屋の特集を作っており何か面白いネタは無いかと探している最中でした。』

(へ~!凄い!シンクロじゃん)
私は驚いた。

男性『そして後日、私は2人を引き合わせると互いのニーズが合致し上手く噛み合いました。いやぁ良い仕事が出来ました。今週はこんな貢献です!』

一同『パチパチ、パチパチ、パチパチ』

(凄えー!!)
私は心底、凍りついたように驚いた。

(なんて質の高い貢献だっ!)

講師『素晴らしいですねー!こういう話は皆んなも共有出来て良かったですね』

講師『じゃあー、次の人!』

・・・。

そろそろ私の出番が近くなってきたぞ。

どうしたらいいんだ。私はそんな大層な事出来てないぞ。
なんだこれは?単なる恥晒しじゃないか?
一体私は何を話したらいい、何を発表したらいいんだー!!

・・・

・・・

・・・。

(そうだ!あったぞ!唯一、他人に対して出来た事がっ!)

一同(パチパチ、パチパチ、パチパチ)

講師『いいですね~、その調子で行きましょう。はい、じゃあ次!』

ドキドキ、ドキドキ。それは私の出番を意味していた。

ドックン、ドックン、

私『はいっ!じゃあ私から今週のグッド&ニュー、発表します。』

私『今週は電車に乗ってて、お婆さんが立っていたので席を譲って上げたりして。電車で小さい子に手振ったりもして挙げ句の果てに笑わせたりもして、親御さん達も喜んでいました^o^』

・・・

・・・

・・・。

(ムカッ!)

講師『何やってるんだ!』

講師『仕事に繋がるような貢献をしないと!世の中の為にならないだろっ!』

講師『なにやってんだっ!ったく』

(うわぁー!)

いや私は間違ってない!
決して間違えてはいないはずだ。

講師『もういいや、じゃあ次の人』

(ふぅ)

私はなんとかその場を終わらせて席に着いた。

時が経ち、数年後のこと。

友達と遊び終わったあとの、帰りの新宿駅、山手線電車内にて。

車内へ乗ってみると、都心なのに今日はいつもより空いてるように感じた。
私はドア付近にて腰掛ける。

②電車

『う、んん~』

目の前には、年老いた老人が目をつぶり、俯きながら同じ様に壁に腰掛けていた。

プシュー。

扉が閉まり、電車が発進した。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

『本日も山手線をご利用頂き、ありがとうございます。この電車は・・・』
そんな日常的なセリフが車内に流れている。

私は窓に映った暗闇と光輝く街灯が一方に動き出す流れを、その瞬間瞬間を眺めていた。
ふとした時、老人が固そうな紙ナプキンで鼻を噛んでいるのが横目で見えた。
すかさず私はポケットからティッシュを取り出し、その老人にティッシュを渡した。

『えっ?』
老人は戸惑った顔をしている。

『ありがとう』
だがすぐに、喜びの顔へと変化した。
表情、目の色が共に変わり、外の街灯よりも輝いている様に映った。

老『今日は寒いねぇ』

私『そうですねぇ』

老『身体の節々が痛くて、寒くてよぅ』

老『もう70だからいい加減、身体動かして散歩しねぇとなんねぇから金払って新宿まで来ちまった(笑)』

私『あら、そうなんですかぁ(笑)』
何やら楽しそうな会話が始まった。

老『うん、けど新宿はいいねぇ』

私『ええ、全く(ニコニコ)』

老『家の近所じゃあ地下道が無いから、寒くって寒くって。だから新宿まで来て金払って地下道散歩してたんだよ、ガハハハ(笑)』

『フフフ』
私はなんだかそのお爺さんが可愛く見えてきた

老『おたくさんまだ若いから良いねぇ(笑)』

私『いえいえ(ニコニコ)』

老『仕事は何してるの?(笑)』

私『無職なんですよ。』

老『えっ?』
と、先程まで輝いていた老人が何かを思い出したかのように一瞬止まる。

・・・

・・・

・・・。

(ムカッ!)

老『なにやってんだ!お前さん!これだから最近の若いのは!俺は昔、散々働いて死ぬ程頑張ったんだぞ?だからこうして今生きてられるんだ!』

老『仕事をして貢献をしないと!世の中の為にならないだろっ!なにやってんだっ!ったく』
出会った時より一段と元気な力が芽生え、覇気が増してお爺ちゃんは口走った。

(うわぁー)

私『俺、貢献してるわぁー(笑)』

老『いいか!お前ら、押すなよ!押すなよ!絶対にいいね押すなよ!世の中には貢献はしろよっ!』

老人『ったく、最近の若いもんは!』

ズズズ、チーン(ティッシュ使用)